2007年03月28日

たけしの箸使いを見て直感…ひとりごと篠原勝之

おれ、今は山梨のアトリエで暮らしてんだよ。20年ぐらい前に鉄に凝り出して、東京の墨田区に工場を造って溶接をやっていたんだけど、10年ぐらい前からはガラスに興味を持つようになった。

 「でかい光の塊を作りたい」と思うようになったんだけど、ガラスは火のコントロールが大変で、熱量もすごい。大きな高炉を造らなきゃいけなくなって、それで山梨に工場を造ったってわけさ。

 東京に来るのは月に2回程度だよ。「たけしの誰でもピカソ」(テレビ東京系、金曜午後10時)の収録のためなんだけど、この番組が4月で10周年なんだってな。ありゃりゃってうちに10年もやってたんだな。

 おれの人生で、ひとつの枠で10年間続けたことってあまりないよ。小学校にしても6年だし、中学にしても3年だろ。結婚生活は十ウン年続いたけど、これは結局ダメだったしな(笑)。

 この番組は何でもアリ。絵画だの漆塗りだのとかだけじゃなくて、お笑い芸人のネタまで紹介している。世の中にあるすべての表現が対象なんだ。

 番組のアイデアは、(ビート)たけしさんが13年前に交通事故のケガで入院したときに考えついた。あの人は好奇心が強くて、病院で勉強していたらしいんだよ。

 退院して、一緒に出ていた「TVタックル」(テレビ朝日系)の楽屋裏でおれに「こういう番組やりたいんだけど」って話していた。やっぱりあの人は天才。ケガしてもタダじゃ起きないんだな。

 たけしさんと会ったのは、まだあの人が全然有名じゃなかったころ。「浅草にすごいやつがいる」って聞いたんだ。友達の(現代美術家の)赤瀬川原平のツテだったかな。西荻の定食店で「この人だよ」って紹介された。たけしさん、サンマ定食を食ってたよ。

 たけしさんはおれと会ったとき、嫌そうな顔してたな。でも、箸使いが上手いっていうのをよく覚えているんだ。大根おろし、サンマ、ご飯をバランスよく、とてもきれいに食べていた。

 それを見て、おれは「この人はただ者じゃない。教養のある人だな」って直感で思ったんだ。

 「また会えるかな」と思っていたら、たけしさんはありゃりゃって内にテレビ界を席巻しちゃった。おれの人生って、いつもありゃりゃって感じなんだよ。

■しのはら・かつゆき ゲージツ家。愛称・クマさん。1942年4月15日、北海道札幌市生まれ、室蘭市育ちの64歳。武蔵野美大中退。73年、唐十郎主宰の状況劇場に加入。85年にフジテレビ系「笑っていいとも!」に出演。鉄、ガラスのオブジェ制作で国内外で評価が高い。『人生はデーヤモンド』『Kの食卓』など著書多数。


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070328-00000006-ykf-ent
posted by nwesty at 17:17 | エンターテイメント
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